契約書チェック、AIに任せれば大丈夫? 中小企業が知っておきたいリアルなリスク|加勢司法書士事務所

「取引先から契約書が届いた。とりあえずAIに読ませてみたら『特に問題ありません』と言われたのでそのままサインした。」

最近、こんなケースが増えています。AIツールの進化は目覚ましく、契約書の条文を読み込ませれば、難しい法律用語を平易に説明してくれます。でも、それだけで本当に大丈夫でしょうか?

この記事では、「契約書チェックをAIだけで済ませること」のリスクと、中小企業が契約書と向き合う際に押さえておきたいポイントをお伝えします。

目次

そもそも、契約書は「誰が」得をするように作られているか

まず大前提として確認したいのは、契約書は作った側に有利にできている、ということです。

相手方から届いた契約書は、相手方の法務担当者や顧問弁護士が「自社のリスクを下げ、相手(あなた)の責任を広くとる」ように設計しています。これは責めるべきことではなく、ビジネスとして当然の行為です。

インターネット上で拾ったひな形も同様です。誰かが作ったひな形には、作成者の意図や業界慣行が反映されており、あなたの事業・取引の実態とは必ずしも一致しません。

「先方が作ってくれた契約書だから」「ひな形だから」は、安心の根拠にはなりません。

AIチェックで「わかること」と「わからないこと」

AIは契約書の条文を解説するのが得意です。難解な法律用語を噛み砕いてくれますし、一般的なリスク条項(損害賠償規定、解除条件など)を指摘することもできます。

ただし、AIが苦手とすることもあります。

「書いていないこと」のリスクは検知しにくい

たとえば、業務委託契約に「納品物の知的財産権の帰属」が書かれていなかったとします。

AIは「この条項はこういう意味です」と説明することはできますが、「この契約書にはそもそも権利帰属の規定がない。それはあなたにとって不利になるおそれがある」といった指摘は難しい場合があります。

あなたの事業の文脈を知らない

「この条項で問題ありますか?」という問いに対して、AIは一般論では答えられます。

しかし「あなたがこの取引先とどういう関係で、どんな事業を展開していて、この契約がどのくらい重要か」という文脈は持っていません。

同じ条文でも、リスクの重さはビジネスの状況によって大きく変わります。

法律に基づく契約内容にすべき場合がある

契約書チェック以前の問題として、そもそも所定の内容の契約書類とすること自体が法律上の義務になっているケースがあります。そして、そもそもその法律の適用要件に該当しているかどうか、という点まではAIは自動的にチェックしてくれません。

取適法(旧下請法・下請代金支払遅延等防止法)

かつて「下請法」と呼ばれていたこの法律は改正され、現在は「中小受託取引適正化法(取適法)」として運用されています。

委託事業者(親事業者)が中小受託事業者(下請事業者)に製造・修理・情報成果物作成などを委託する場合、発注内容・金額・支払期日などを書面またはメール等の電磁的方法で明示しなければならないと定められています(第4条)。

すなわち、取適法の適用がある取引については、当該法律に基づく契約内容とする必要があります。

フリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)

2024年11月に施行されたこの法律は、フリーランスへの業務委託に関して書面等による取引条件の明示を義務づけています。違反した場合、公正取引委員会や厚生労働大臣による指導・勧告・公表の対象となります。

2026年3月には、北海道内の放送局がこの法律に基づく勧告を受けたことが話題になりました。知名度のある企業でも、対応が追いついていない場合があるのが現状です。

そして上記の取適法と同様、合意内容も法律に基づいて定める必要がありますが、フリーランス法は取適法よりも適用範囲が広いため要注意です。例えば、個人事業主やひとり法人への業務委託契約はこの法律の対象になります

「自社に有利すぎる契約」も実はリスク

契約書の話になると、「できるだけ自社に有利な内容にしたい」と考えるのが自然ではあります。しかし、一方的に有利すぎる契約は、別のリスクを生むことがあります。

取引関係・信頼関係のダメージ

相手方が内容を読んで「これはちょっと・・・」と感じた場合、交渉が長期化したり、最悪の場合、取引自体が破談になることもあります。特に長期的な関係を築きたい相手であれば、一方的な契約書は関係構築の障害になりえます。

法的に無効・問題になる条項

たとえ契約書に書かれていても、公序良俗に反する条項、消費者契約法に抵触する条項は無効とされることがあります。「書いてあるから有効」ではないのです。

また、独占禁止法や上述の取適法、フリーランス法においては、取引上優越した地位にある事業者が、相手方に対して不当に不利益を与えることを禁止しています。

競業避止条項の「実現不能」問題

近年、インフルエンサーやクリエイター、フリーランスへの業務委託で問題になりやすいのが、現実的に履行不可能な競業避止義務です。

たとえば「契約終了後2年間、同業他社および類似するサービスへの出演・関与を一切禁ずる」といった条項。発注側からすれば自社の利益を守りたいのは理解できます。しかし、インフルエンサーにとってはSNSの投稿活動全体が「業務」であり、このような条項は事実上の活動禁止に近くなります。

競業避止義務が合理的な範囲を超えると判断された場合に無効とされる裁判例もあります。また、フリーランス法上直接的な規定はありませんがその趣旨から、またおおもとの法律である独占禁止法の「優越的地位の濫用」に該当し、問題になるおそれがあります。

「ごり押しできる立場にある」と思っていても、それが法的リスクや対外的な評判リスクに転じることは十分ありえます。

そして、相手方の活動実態に即した合理的な範囲で義務を設定することが、発注側・受注側双方にとって最も適切と考えます。無効になるリスクのある条項を押し込むより、実態に合った内容で確実に機能する契約にする方が建設的でもありますが、AIはこうした実態を踏まえた提案まではしてくれません。

ひな形を「受け取る側」から「提示する側」へ

ここまで、相手方から届いた契約書をどう読むかという視点でお伝えしてきました。

しかし、定型的な取引が多い業種・業態であれば、自社でひな形を用意し、こちらから提示するというアプローチも有効です。

自社が作成したひな形であれば、当然ながら自社の実態に即した内容にできます。責任範囲や支払条件、知的財産権の帰属など、重要な条項を最初から適切に設定できる点がメリットです。

また、取適法やフリーランス法には法律上の書面等交付義務がありますが、必要な記載事項をあらかじめ盛り込んだひな形をこちらから提示することは、相手方にとっても対応の手間が省けるのはもちろん、法令を遵守できるという点でメリットがあります。取引の円滑化と法的リスクの回避を同時に実現できる、実用的な一手です。

もちろん、自社ひな形にも落とし穴はあります。一度作ったものをそのまま使い続けると、法改正への対応が遅れたり、取引の実態と内容がズレていくことがあります。定期的な見直しが欠かせません。

「AIで正しく指示すれば大丈夫」でもない

ここまで読んで、「では、AIへの指示を工夫すれば解決するのでは?」と思った方もいるかもしれません。

確かに、プロンプトを工夫することでAIの回答の質は上がります。しかし、契約書の問題は「条文の解釈」だけではありません。

  • この取引はそもそも取適法やフリーランス法の適用対象なのか?
  • この条項のリスクは、自社のビジネスにとってどの程度深刻か?
  • 自社の他の契約・規程・ビジネスモデルとの整合性は取れているのか?

これらは、あなたの事業の実態を踏まえなければ正確に把握できないことです。AIは一般論として答えてくれますが、「あなたの会社のこの取引において、何がリスクで、何を優先すべきか」という判断の材料を整理するには、事業の文脈を知っている人間が関わる必要があります。

まとめ:契約書は『事業・関係・法律』への理解が必要

契約書チェックは、単なる「条文の意味確認」ではありません。

  • 相手方が有利に作った内容を、自社目線で読み直すこと
  • 法律上の義務(取適法・フリーランス法など)を満たしているか確認すること
  • 自社に有利すぎる条項が別のリスクを生んでいないか検討すること
  • 「書いていないこと」のリスクに気づくこと

AIはこれらのプロセスの一部を補助してくれる便利なツールです。でも、「あなたの会社のこの取引において何がリスクか」を整理し、経営判断の材料を揃えるには、事業の文脈を理解した人間が関わることが不可欠です。

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